セラノスティクス(theranostics)とは、患者毎に病因を正確に診断(diagnose)し、その病因に応じた治療(therapy)を施すことで、個別化・精密医療を実現することを示す造語であり、近年の医療技術として重要な概念となっている。特に日本人の死因の第一位を占め続けているがんは、患者毎にがん細胞の性質が異なるヘテロ性の高い疾患であり、セラノスティクスの実現は非常に重要である。
がんの治療法として、外科手術、放射線療法、薬物療法が三大療法として知られているが、正確な外科手術や、副作用を最小限に抑えて効果的な治療を実現する薬物の開発による精密治療の実現には、まだ超えるべきハードルが多く残されている。このような中、筆者らはがん細胞で亢進している「酵素活性」を検出することで、がん部位を正確に抽出し、外科・内視鏡手術を実現する新たな手法や、その酵素活性を足がかりにがん細胞を選択に殺傷する薬剤の開発を、いずれも低分子薬剤・プローブで実現する研究を行い、近年までに大きな成果を上げてきた。本稿では紙面の都合から、前者のがんの蛍光検出技術開発について解説する。
蛍光検出技術として、がん細胞の持つ酵素活性面での特徴を手がかりに、複雑な生体組織の中のがん部位に明確かつ高い選択性を持って蛍光色を付与する蛍光コントラストプローブ分子(蛍光プローブ)として、がんが疑われる部位へと散布することで、速い反応速度で蛍光性を回復するexo型タンパク質分解酵素に対する蛍光プローブを開発した。我々が新規に開発したヒドロキシメチルローダミングリーン(HMRG)は、pH 7.4環境で通常のローダミンと同じ強い蛍光を持つが、HMRGの一つのアミノ基を酢酸によってアミド化した
AcHMRGは、pH 7.4の中性pH環境では無色無蛍光となる。よって、AcHMRGのアセチル基を各種アミノ酸へと置き換えることで、exo型タンパク質分解酵素である各種アミノペプチダーゼ活性に対する蛍光プローブの、網羅的な設計・開発が可能となった。
本設計法に基づき、種々のがん細胞でその活性が亢進しているとの報告がある、アミノ末端のγ-グルタミル基を認識して加水分解するγ-グルタミルトランスペプチダーゼ(以下GGT)活性を検出する蛍光プローブgGlu-HMRGを設計・開発した。中性pH環境でほぼ無蛍光であるgGlu-HMRGは、がん細胞表面に高発現しているGGTによって効率よく加水分解されて高蛍光性のHMRGに変換され、即座にがん細胞内に取り込まれるため、がん部位が強い蛍光を発するようになる。実際に各種卵巣がん細胞を腹腔内に播種させたがんモデルマウスを作製し、これにgGlu-HMRGのPBS溶液を腹腔内投与し、5分後に開腹して蛍光イメージングを行った。その結果、プローブ投与5分後であっても、がん部位が極めて強い蛍光を発し、1mm以下の微小がんであっても、明確にこれを検出可能であることが明らかとなった。なおこの写真は特別な装置で撮像したものではなく、筆者が個人所有している市販のデジタルカメラで、515nmのロングパスフィルター越しに撮ったものである。すなわち本プローブの散布により、裸眼でも十分に検出できるだけの強い蛍光ががん部位から発せられており、これは次々とプローブを高蛍光性生成物へと変換する酵素のターンオーバーによるものであり、他の可視化技術では全く達成できなかったものである。
次に内視鏡下でのがん部位検出、手術のモデル実験として、麻酔したがんモデルマウスの腹膜に小さな穴をあけ、ここから蛍光内視鏡(オリンパス(株)と共同開発)を挿入し、鉗子孔からスプレーヤーでプローブを局所的に散布し、微小がん部位検出が可能かどうか検討した。その結果、プローブスプレー直後から徐々にがん部位が光り始め、プローブ散布後わずか数十秒~数分程度で、通常の白色光内視鏡では識別不可能な微小がん部位でも、これを明確に蛍光可視化できることが明らかとなった。
そこで次に、九州大学病院別府病院の三森功士教授らと共同して、実際のヒト患者さんから摘出された乳がん新鮮臨床検体にgGlu-HMRGを散布し、がんイメージングプローブとしての有用性を検証した。その結果、非浸潤性乳管癌、浸潤性乳管癌など様々な乳腺腫瘍を、それが1mm以下の微小がんであってもプローブ適用後5分以内という短時間で、高い感度、特異度を持って検出可能であることが明らかとなった。本手法は切除断端全体をイメージング対象にできることから、目視では検出不可能な微小がんが断端に遺残している場合でもこれを明確に検出することが可能となり、局所再発の頻度を劇的に低下させるものと大いに期待している。
一方でがんはヘテロ性の高い疾患であり、gGlu-HMRGは食道がんや脳腫瘍などのイメージングは困難であった。そこでHMRGを蛍光プローブ母核とし、ここに1または2アミノ酸を導入することで、アミノペプチダーゼ、ジペプチジルペプチダーゼ酵素活性を検出するプローブライブラリー約400種を新たに作製し、東京大学病院胃食道外科の瀬戸泰之教授らと協同して、これを食道がん新鮮臨床検体へと適用することで、食道がん特異性の高い蛍光プローブの探索を開始した。その結果、EP-HMRGが食道がん部位を選択的に染色可能であること、またその責任酵素がDipeptidylpeptidase-4(DPP-4)であることが明らかと
なった。実際にこれを食道がんの内視鏡下切除ESD新鮮検体へと適用したところ、プローブ散布後数分で、腫瘍部と非腫瘍部の境界が明確に可視化され、その感度、特異度、正診率は十分に高く、術中迅速イメージング手法として高い性能を有することが明らかとなった。現在、本プローブの社会実装に向けた臨床試験が開始され、患者さん体内に散布してイメージングを行うPhase II試験が進行中である。
以上、紹介した蛍光プローブ類の開発により、がん部位の迅速可視化が達成されたが、本成果はそれだけに留まらず、患者個々のがん細胞が持つ特徴的な酵素活性を知ることを可能とさせるものであり、がんの個別化・精密医療技術創出に向けた新たな端緒となる結果である。実際我々は、バイオマーカー酵素活性を活用したプロドラッグ型低分子抗がん剤の開発に成功しており、イメージングに基づく新たな精密がん治療(セラノスティクス)が近い将来可能となることが大いに期待される。
本研究は、東京大学大学院薬学系研究科薬品代謝化学教室、同医学系研究科生体情報学分野で、多くの極めて優秀なスタッフ、大学院生とともに遂行してきたものであり、また臨床イメージング研究に関しては、国内外の数多くの外科医との共同研究として遂行してきたものである。この場を借りて、研究に携わってくれた皆様に深く感謝いたします。