佐賀県は2014年の胃がん年齢調整死亡率が全国で2番目に高く、その他のがんも含めたがん対策が喫緊の課題でした。2012年、佐賀県と佐賀大学が連携して肝がん対策が始まり、2018年には肝がん粗死亡率19年連続ワースト1位を返上するに至りました。その中で、胃がんに関しても、従来の公的胃がん検診に加えて、発症予防も見据えた胃がん検診・対策が開始されました。
世代別の胃がん対策:1. 小児未成年期(中学生〜20歳) 2016年度より県内全ての中学3年生を対象に、公費によるピロリ菌検査と除菌治療をおこなう若年者ピロリ菌検診を開始しました。この取り組みはピロリ菌感染からの期間が短く胃のダメージが少ないこの時期に、ピロリ菌除菌をおこない胃がん発症自体を予防するものです。全県下での公費(全て無料)での実施は全国初であり、高い注目を集めています。胃がん撲滅を目指す取り組みのゲートウエイであり、県の事業として半永久的に継続される面と、将来を見据えたコホート研究の側面をも持ち合わせています。…検査はあくまでも任意ですが、本人の同意が得られた中学3年生を対象に、毎年春に実施される学校検尿の残尿を用いて尿中抗体検査を実施します。陽性と判定された場合は便中ピロリ抗原検査で二次検査を行い、尿、便検査ともに陽性の場合には除菌の対象となります。除菌は、小児への上部消化管内視鏡検査の侵襲性の高さと、この世代での胃がん発症がほぼないことから、内視鏡検査なしでおこなわれます。現在まで、対象の生徒数58,281名のうち51,794名(88.9%)が検診に参加し、尿中抗体陽性率は4.1%で、最終的なピロリ菌感染率は2.3%の結果です。初年度の検診参加率は78.5%、感染率は3.6%、今ではそれぞれ94.3%、1.8%となっています。参加率は広報活動等の効果で増加し、感染率は、理由は不明ですが半減しています。2. 若年成人期(20歳〜40歳) 公的胃がん検診非対象世代に対して、ピロリ菌検査に対する費用補助を各市町単位の事業として実施しています。県内の20市町のうち、9市町で血清抗体検査、4市町で胃がんリスク層別化検診(ABC検診)が、自己負担金無料から1,320円の範囲で実施されています。この世代での胃がん発症は低率ですが、ピロリ菌除菌による胃がん発症予防効果が高く、ピロリ菌現(既)感染者を非感染者と選別し、感染者には保険診療によるピロリ菌除菌や定期的な上部消化管内視鏡検査受診を促し胃がん予防・早期発見に繋がるようにしています。3. 中高年期(40歳〜65歳) 胃がんの早期発見目的に、従来の上部消化管X線検査に加え、佐賀県では2017年から県単位の対策型内視鏡胃がん検診が導入されました。県および県医師会が中心となって運営委員会と読影委員会が設置されました。県独自のマニュアルが整備され、施行医は日本消化器病学会・内視鏡学会専門医と運営委員会による認定医に限定され、ダブルチェックは内視鏡学会専門医が担っています。対象者は初年度の2017年度は50歳以上60歳未満偶数年、2018年度以降は70歳未満まで拡大されています。現在では、佐賀県内全ての市町で実施されており、県内に住民票を有する方であれば県内85医療機関で受検可能(広域化)となっています。2021年度の胃内視鏡検診の結果(内はX線)は、受診者数1,029(15,141)名、要精検率3.9(7.0)%、精検受診率82.5(87.5)%、がん発見者は2(22)名で発見率0.2(0.1)%の結果でした。
今後の課題…若年者ピロリ検診の一次予防から公的胃がん検診までの狭間世代まで含めて、シームレスな胃がん対策が実施されるに至っています。県をあげてのこのような取り組みは、全国的にみても珍しく、先進的と思われます。一方で、小児期に感染が判明した者、小児期に除菌した者のフォローアップ体制の構築はこれから議論していかなければなりません。小児期除菌の胃がん予防効果確認、安全性を長期的にフォローしていく必要性について、特に我々佐賀県は責務を自覚して実行していかなければなりません。また、小児未成年期にピロリ感染検査の機会が創設されたことで、若年成人期のピロリ菌検査および中高年期の胃がん検診のあり方を変容していく必要があることは明白です。現状の胃がん検診システムを今のまま継続していくことは、医学的にも医療経済的にも非効率であることも明らかであり、我々はシステムのブラッシュアップに向けた研究・取り組みを現在検討しています。
まとめ:胃がん対策は、既存の検診も含めて大きな変革期を迎えています。若年者のピロリ菌感染率が著明に低下してきているなかで、「胃がんにならないのが当たり前の日本」となる前に、「佐賀県出身者は胃がんにならない」を目指して、佐賀から胃がん予防における令和維新を目指したいと考えています。