世界のHelicobacter pylori(ピロリ菌)の感染率は、1990年以前の53%から2015年-2022年には44%まで減少してきました。しかし、日本は、依然としてピロ菌の感染率が高い国の一つです。ピロリ菌の感染率は、その人が生まれた年によって決まり、生まれてから5年以内に感染するといわれています。ピロリ菌に感染した子どもは通常無症状であり、消化性潰瘍疾患や胃がんに罹患することは稀です。ピロリ菌陽性者は、ピロリ菌を除菌することにより、胃粘膜の慢性胃炎や萎縮性変化を止めて、胃がんを予防することができ、除菌成功後のピロリ菌の再発や再感染は非常に稀です。これまでに、ピロリ菌は、胃がんをはじめ、胃・十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫、機能性ディスペプシア、特発性血小板減少性紫斑病、胃ポリープを惹き起こすことがよく知られていましたが、近年、大腸がん、糖尿病、動脈硬化やMetabolic dysfunction-associated steatotic liver disease(MASLD)などとも関連があるという報告が出ています。このことから、ピロリ菌を除菌治療する重要性は、胃がん予防にとどまらず、ますます拡がってくるものと思われます。これまで、私は、モデルを用いた費用効果分析の研究により、胃がんの一次予防である除菌を伴ったピロリ菌検診(50歳以上では除菌後のフォローの内視鏡検査を実施)は、大幅な医療費の削減と胃がん罹患数・胃がん死亡数の減少をもたらし、現行の内視鏡による胃がん検診よりも優れていることを明らかにしてきました。海外の研究からも、ピロリ菌検診の優位性が多数報告されています。この7月に、中国から、11.8年間に及ぶ約18万人を対象としたピロリ菌除菌治療のクラスター無作為化比較試験の結果発表があり、ピロリ菌除菌治療により胃がん罹患数が減少したことを報告しています。しかし、これまで、ピロリ菌検査・除菌治療をいったい何歳の時に実施すれば、最小の費用で最大の効果が得られるかについてはわかっていませんでした。そこで、2024年8月、Helicobacter誌上に「Cost-Effectiveness of Population-Based Helicobacter pylori Screening With Eradication for Optimal Age of Implementation」の中で、費用対効果からみたピロリ菌検診を実施する最適な年齢について発表しました。
ピロリ菌検診は、若い年齢で実施するほど費用対効果が高くなる:方法は、15歳の人を対象に、コホート状態遷移モデルを構築し、13の戦略(①15歳時にピロリ菌検診を実施、②18歳時にピロリ菌検診を実施、③20歳時にピロリ菌検診を実施、④30歳時にピロリ菌検診を実施、⑤40歳時にピロリ菌検診を実施、⑥50歳時にピロリ菌検診を実施、⑦60歳時にピロリ菌検診を実施、⑧70歳時にピロリ菌検診を実施、⑨80歳時にピロリ菌検診を実施、⑩毎年の内視鏡検査を実施、⑪2年に1回の内視鏡検査を実施、⑫3年に1回の内視鏡検査を実施、⑬検診を実施しない)について比較検討しました。医療費支払者の立場から生涯にわたる期間について分析し、評価指標は、費用・質調整生存年数(quality-adjusted life-years; QALYs)・生存年数(life expectancy life-years; LYs)、増分費用効果比(incremental cost-effectiveness ratios; ICERs)・胃がん罹患数・ステージⅠの胃がん罹患数、胃がん死亡数としました。分析するサイクルの長さは1年とし、すべての費用とユーティリティの割引率は3%としました。結果の確からしさを検証するために、一元感度分析、二元感度分析、確率的感度分析を実施しました。マルコフコホート分析を追加実施することにより、各戦略について、生涯にわたって蓄積された胃がん罹患数と胃がん死亡数を求めました。ベースケース分析の結果では、15歳時に実施するピロリ菌検診が、他年齢時に実施するピロリ菌検診、内視鏡検診や検診を実施しない場合と比較して、費用が最も小さく、QALYsとLYsがともに最も大きいことがわかりました。確率的感度分析をみた費用対効果受容曲線では、支払い意思額が5万ドル/QALY gainedにおいて、15歳時に実施したピロリ菌検診の費用対効果が高くなる確率が99.6%となり、この結果が強固であることがわかりました。2022年から2037年にかけての15歳の人口である1560万人に対して、15歳時に実施したピロリ菌検診では、検診を実施しない場合や2年に1回の内視鏡検診と比較して、それぞれ、970万ドルと23.9億ドルを節約し、126万QALYsを増加させ、436人の胃がん罹患(ステージⅠ胃がん発生では254人と305人)を予防し、176人と72人の胃がん死亡を回避できることがわかりました。
国の胃がん政策に、一刻も早く胃がんの一次予防であるピロリ菌検診の導入を:15歳から80歳時に実施するいずれのピロリ菌検診も、内視鏡検診と比較して優れており、15歳から80歳時に実施するピロリ菌検診のうちで、費用対効果の最も高い年齢は、最も若い15歳です。今こそ、現行の胃がん検診を一刻も早く見直し、より若い年齢にシフトしたピロリ菌検診を導入することが強く求められているのです。