2024年11月、日本ヘリコバクター学会から「H.pylori 感染の診断と治療のガイドライン2024改訂版」(以下、本ガイドライン)が発行された。2016年の前版から8年ぶりの改訂となる。初版は2000年に刊行され、その後2003年、2009年、2016年と改定されてきた。2009年版の内容は、「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」に対しての除菌治療拡大に貢献し、前版の2016年版では胃がん一次予防についての「提言」が示され、日本全国に拡大しつつある若年者test and treatの普及に大きく貢献した。この度の改訂版では、2016年以降に生じた様々な臨床課題について、新しい提言が多く盛り込まれている。
本ガイドラインは、日本医療機能評価機構のEBM普及推進事業(Minds)の診療ガイドライン作成マニュアルに従って作成された。本学会が作成するガイドラインとしては初めての試みである。2024年4月に原稿案がまとまり、パブリックコメント募集、公表前外部評価を経て2024年10月に内容を一般公開した。公開後にはMindsによる公開後評価を実施し、良い評価をいただいた。昨今の診療ガイドラインは玉石混交の様相を呈しているが、本ガイドラインに関しては、質の高い良質なガイドラインになったと自負している。現在のピロリ菌感染診療の問題を指摘しつつ、最新のエビデンスと専門医の意見をバランスよく取り入れられていると感じている。
このガイドラインは、4つのパートに分かれ、それぞれガイドライン作成委員が編集を担当した。作成委員長(下山)の統括のもと、4つのパートは、診断(領域責任者:大﨑敬子先生)、治療(同、杉本光繁先生)、胃がん予防(成人)(同、伊藤)、胃がん予防(未成年)(同 奥田真珠美先生)であり、24名のエキスパートが作成に携わった。全ての内容を紹介することはできないが、各パートについてトピックスを提示する。詳しい内容は、ぜひガイドラインをお手元に置いていただき、ご一読いただきたい。
1)診断: 新しい検査法として実施されている核酸増幅法に加え、測定法や結果解釈が変化してきた血清抗体法、便中抗原法について記載を追加した。まず、推奨する検査を「感染診断」と「除菌判定」に分類して記載した。さらに、検診や実臨床で多く使用されている血清抗体価の使用について、注意を言及した。すでに学会からは2022年12月に「血清抗体法を用いたヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染診断に関する注意喚起(2022年版)」を公表しているが、同様の内容をCQで再提示した。「血清抗体陽性はH. pylori 現感染のみを反映するものではないため、その結果のみで除菌治療を行わないことを推奨する(推奨の強さ:強い)」というステートメントは、ぜひ実臨床でも留意していただきたい。血清抗体陽性のみでピロリ菌現感染と判断すると、既に除菌された患者に本来は不要な抗菌薬を投与することになりかねない。ピロリ菌除菌歴がなくても、過去に抗菌薬を処方され、偶然ピロリ菌が除菌されているケースもありうる。
また、便中抗原測定法、核酸増幅法、培養法、鏡検法、抗体検査はプロトンポンプ阻害薬(PPI)を休薬せずに実施可能であることを示した。一方で、尿素呼気試験、迅速ウレアーゼ試験、ペプシノゲン検査はPPI休薬が必要な検査である。なお、厚生労働省は2024年10月、診療報酬改定の疑義解釈を公表し、PPIまたはカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)を休薬せずに、便中抗原測定法、核酸増幅法、培養法、鏡検法、抗体検査を実施した場合、当該検査の費用を「算定できる」と明示した。
2)治療: 本ガイドラインで特筆すべきは、冒頭の総論で「その時点かつその地域で最も高い除菌率が期待できるレジメンを選択することを強く推奨する」というステートメントを掲げたことである。そのため、まずピロリ菌感染者と判明したら、最初に薬剤感受性試験を行うよう推奨している。現行の保険診療においても、除菌前の薬剤感受性試験は「保険適用」であるという理解が得られており、除菌成功率を上げるため薬剤感受性試験結果に基づく最適な薬剤選択が重要である。近年普及しつつある核酸増幅法ではクラリスロマイシン感受性を同時に判定することができる。ガイドラインでは、この考え方に基づき「治療のフローチャート」を掲載した。本ガイドラインでは、一次除菌治療において、P-CABがPPIよりも推奨されることが含まれている。さらにペニシリンアレルギーや透析症例など、患者側素因に基づく治療バリエーションも提示している。
3)胃がん予防(成人・未成年): 胃がん予防については、前版では「提言」として提示したが、本ガイドラインでは、システマティックレビューを行い、EBMに基づくステートメントを提示している。まず前提として、ピロリ菌除菌治療により胃がん予防効果が期待でき、早期の除菌が欠かせないという点については、作成委員会内でもコンセンサスが得られた。しかし、どのような人に、どの年齢から行うべきかといった課題も残った。無症状の一般住民(成人)に対して胃がん予防として血清学的ピロリ菌検査を実施することの有用性については「エビデンス不足のため現時点での推奨提示は困難」とした。ピロリ菌除菌で胃がん発症が抑制できることはほぼ確立した事実であるが、その方略については継続して検討すべき重要事項に位置付けた。一方、今後胃がん撲滅のために重要性を増してくる未成年者に対する対応においては、「中学生以上の未成年無症候者に施策としてH. pylori 感染検査を行うこと、さらに無症状H. pylori 感染者に対して中学生・高校生で胃がん予防としての除菌治療を実施すること」は「提案する」(推奨の強さ:弱い)と記載した。
診断においては、感染診断のための検査と除菌判定に必要な検査を今一度確認していただきたい。また、胃X線検査や内視鏡検査の際にはピロリ菌感染診断が可能であり、胃がんなどの病変検索に加え、ぜひピロリ菌感染診断も念頭において、胃粘膜の観察を行って
いただきたい。治療に関しては積極的に薬剤感受性試験を行い、除菌成功率を高める意識が重要である。残された課題も多いものの、本ガイドラインをぜひ医療関係者に広く活用してもらいたいと願う。
参考文献: H. pylori 感染の診断と治療のガイドライン 2024 改訂版 日本
ヘリコバクター学会ガイドライン作成委員会(編)